ドキュメンタリー ・ パイロットの苦闘 御巣鷹山の悲劇

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石原都知事、アホな記者
の質問にブチ切れ

全編(1時間)を公開



風化させてはいけない大惨事 (御巣鷹山の悲劇)

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JAL123便のパイロットが「なんとか羽田まで引き返し、あとは胴体着陸でも何でも…」と考えるのはごく普通のことであり、胴体着陸直後にはすぐに 消化活動、救助隊、救命要員が機を取り囲み救助作業をしてくれるであろうことを願って「羽田、羽田…」と必死の努力を続けていたのである。
123便のキャプテンが「羽田に引き返す」という判断をしたのも当然で、空港に「墜落」するのであれば救助体制も整っている 「一人でも多くの人に生きてもらいたい」という判断から懸命に羽田に引き返す努力をしつつあった。
このパイロットの取った行動と同じことが前述のとおり10数年後に現実のものとなり、それにより多くの人命が助かったのである。

着陸用車輪を出して空気抵抗を増してスピードを落とし(エンジン出力は下げられない、下げると機首が下がり墜落に至るため) 機は徐々に高度を下げ羽田空港にも「あと10分」の距離まで近づきつつあった。 米軍横田基地あたりでは1800mまで降下していたが、 機体が左にそれ、北に向いてしまった。 羽田に行くには南東方向に飛ぶ必要があったのだが…
機首前方には奥秩父、埼玉、長野、山梨、群馬の県境で2000mを越える山々が迫って来つつあった。
上昇しなければ「山にぶつかる」のは目に見えている。 しかし、エレベーター(尾翼昇降陀)が使えない状態では、単にエンジンをふかせば「機首上げ」 でストール(失速、墜落)する危険がある。 そのストールを避けるためには非常に緩やかに上昇を続ける必要があった。
機首が上がりすぎたらエンジン出力を落とす。 出力が落ちると機首が下がるのと同時に機体の高度も下がる。それを避けるために出力を上げる。 ブゴイド運動(上下の首降り運動)の繰り返しになる。

大月上空で着陸装置(車輪)を下げて機体の空気抵抗を増やして速度を下げ高度を下げることに成功した。  この時点でやっと3000m前後まで降下し乗客の「酸欠」障害を防ぐことが可能になった。 緊急事態発生から20分も過ぎていた。  が、車輪を下げたということはその分機体の受ける空気抵抗が増し飛行速度が落ちる。そのため機体の高度は下がる。  しかし、そのままでは胴体から墜落する。  浮力が減るのでフラップを電動で下げて機体の浮力を増やす必要もあった。 これで速度は下がっても飛行は可能になる。 
今度は次の問題が生じる。フラップが下がっていると翼の揚力は増すが、エンジン出力を下げた場合に急激な減速になってしまう。  エンジンをふかすと急に上昇(機首上げ)する。 ブゴイド運動は 高高度を飛行している場合よりも波長が短くなり急激になる。ちょっとエンジンをふかせばすぐ上昇(機首上げ)、エンジン出力を下げるとすぐに下降(機首下げ)。
これを緩和するのがエレベーター(尾翼にある昇降舵)であるが、それが使えない。

やがて山に近づいてしまう。 次第に忙しくなる。フラップを上げた(ひっこめる)と思ったらすぐ出す(下げる)必要が生じる。 機体を左右に振って山のを避けなければならないが、左右のエンジンの 出力を上げたり、下げたりして機体を左右に振る工夫がされたが、同時に左エンジンの出力を上げると左翼が上がり、右翼が下がる。  つまり、右に傾く。 右の方向に高度が落ちる。 機体を左右に振るだけの動作が必要だがエンジン出力だけの コントロールでは機体の上昇、下降も同時に発生してしまう。これらの操縦を一度にする必要があり、しかもその後の予測は全くできない。  風がどっちから吹いているかも計算に入れなければならない。

横田基地(東京、福生市)近くで機体が左(西)に反れた段階で高度は1800mまで下がっていた。 そのとき目に入ったのは前方 にアルプスの山々が 夕闇に隠れて黒いシルエットとなってそびえ立っている姿だった。
キャプテンはつぶやく「これはもうだめかも分からんね…」
いままで何とか20分余の時間を飛行していたが、高度は8000mほどあり、障害物はなにもなかった。 やっとのおもいで高度を下げる ことに成功したと思ったら前方のアルプスの山々が壁のようにそそり立っているのを目の辺りにした。 ベテランパイロットであれば 自分の飛行機の高度と前方の山々とどちらが高いが一目瞭然である。
真っ直ぐ飛行するなら緩やかな上昇も可能(急激な上昇はストール、失速をまねく)であるが、ベテラン機長は 「このままではあの山を越えるだけの高度まで上昇できない」と悟ったのであろう。

その山とは山梨県、埼玉県、長野県の県境にそびえる甲武信ヶ岳(2475m)であった。機首を右に操り何とかこれをかわした。
真っ直ぐに飛ばない限り機体の高度は下がってしまう。
すぐに正面に群馬、長野、埼玉県境の三国山(1828m)が迫ってくる。到達時間は数分の間の話である。時間の余裕は無い。
機はいぜん上昇と下降のブゴイド運動の繰り返しである。安定しない。
三国山上空ではかろうじて右旋回で山をかわすことができた。どちらに旋回してもそのたびに高度は落ちる。  三国山をなんとかかわした段階で高度は危険状態まで下がってしまった。   しかし、更なる旋回しないと正面の山に激突するのは目に見えている。 旋回をすると高度がさらに落ち、それより低い山でも激突する危険が増す。
これこそ四面楚歌、崖っぷちである。

「フラップ上げ」、「フラップ下げ」、「エンジン全開」これらの操作を矢継ぎ早にしていかなければならなかった。
山の尾根をひとつかわすたびに高度は下がる。高度はすぐに落ちても上昇(機首上げ)は失速の危険があるから急激にはできない。
エンジンをふかす、極端に機首上げの姿勢になり失速に陥る。エンジンをふかしても機は上昇もせず、スピードも上がらないのである。
何が起こるかというと単に機首が空を向くだけである。 機首が上がっても機体の高度が上がる保証はない。
エンジン出力をしぼるととたんに機首が下がる。速度が落ちるため高度も下がる。では機首を上げようとエンジンをふかす、機首は上を向く が高度は簡単には上がない。 高度をかせぐ前に機首が上がりすぎて失速の危険が増す。 では、どうすればよいのか?   どうしようもない時間が続いた。 微調整のみができた。これを秒単位の時間で続けていかなければならなかった。
パイロット達は、まさに「神業」を要求されていたのである。
事前の訓練も何もなしにいきなり神業を要求されても無理というより外はなかったであろう。

残念ながら最後はどうしてもかわしきれなかった。山の上を飛び越えるための上昇ができなかったのであった。

これ以上何がパイロットにできたであろうか?
当時の航空業界では「操縦不能」状態で30分余の間飛行できたのはまさに「神業」と言って良いだろう。
残念な結果に終わってしまったが、パイロット達の文字通り『必死の努力』に最高の敬意を表したいと思う。